企業に安否確認の法的義務はある? 必要性や対象の範囲について解説

日本は他国と比べても災害の多い国のため、災害時の対応は企業にとって重視しなければいけないポイントです。そのなかでも、安否確認は企業にとって欠かせない取り組みと言えるでしょう。
本記事では、安否確認の法的義務や必要となる理由、対象範囲、効果的な体制作りなどについて詳しく解説します。安否確認の仕組みを自社に取り入れるべきか迷っている方は、ぜひ参考にしてください。
企業に安否確認の法的義務はないが、安全配慮義務として実施すべき
結論から言うと、企業に安否確認の明確な法的義務はありません。しかし、労働契約における安全配慮義務の一環として、実施すべき取り組みです。
以下では、安全配慮義務の概要や、災害発生時の企業責任、企業に安否確認が必要となる主な理由の3点を解説します。
安全配慮義務の基本を理解する
企業の安否確認は明確な法的義務ではありませんが、労働契約法第5条に定められた安全配慮義務の一環として実施すべきものです。
安全配慮義務とは「労働者がその生命、身体などの安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をすること」です。そのため、企業には災害時にも従業員の安全を確保する責任があります。
具体的な安否確認方法は法律に明記されていませんが、従業員が安全に働ける環境を整える一部として位置づけられています。
災害発生時の企業責任を把握する
災害発生時、企業は従業員の安全確保が最優先事項です。安否確認はその第一歩として、不可欠な取り組みです。
緊急時における安否確認は、従業員の生命・身体の安全状況を把握するだけでなく、適切な支援や対応を行うための基礎情報となります。安否確認を迅速に行うことで二次災害を防ぎ、必要な救助や医療支援にスムーズにつなげられるでしょう。
義務でなくても必要とされる理由を認識する
安否確認を怠ると、安全配慮義務違反として企業が訴訟リスクを負う可能性があるため、義務でなくとも実施する必要があります。日本は地震や台風など自然災害が多発する国であり、企業の危機管理として安否確認体制の整備は欠かせません。
近年のリモートワークの普及により、社員の勤務場所が分散化しているため、より計画的な安否確認体制の構築が求められています。
企業における安否確認の必要性
ここまで説明したように、災害時における安否確認は安全配慮義務の観点から、企業にとって欠かせない取り組みです。
では、より具体的にどのような理由で、企業で安否確認が求められるのでしょうか。企業における安否確認が必要となる主な理由は、以下の3つです。
- 安全配慮義務の履行証明になる
- 事業継続の可能性が向上する
- ステークホルダーとの信頼関係の構築につながる
ここでは、上記の理由について詳しく見ていきましょう。
安全配慮義務の履行証明になる
適切な安否確認体制の構築は、安全配慮義務を果たしている証明となり、企業を法的リスクから守る防衛策として機能します。災害時の対応記録を残すことで、後日「企業として適切な対応を行った」ことの証拠となり、訴訟リスクの軽減につながるのです。
安否確認体制の整備・実施を通じて、企業が従業員の安全を重視していることを明示できるのも、必要となる理由でしょう。特に工業や現場業務の多い職種などでは、安否確認の充実度が企業の安全意識やコンプライアンスに直結します。
事業継続の可能性が向上する
迅速な安否確認は、利用可能な人的リソースを把握し、事業継続計画(BCP)を効果的に実行するための基礎情報となります。災害発生後、どの部署・機能がどの程度の人員で業務再開できるかを早期に把握できれば、優先業務の再開計画が立てやすくなるでしょう。
業務の復旧に必要なキーパーソンの状況を早期に確認することで、代替要員の手配など、事業継続のための次のステップを迅速に進められます。
ステークホルダーとの信頼関係の構築につながる
災害時の適切な安否確認と対応は、従業員・取引先・顧客からの信頼を高め、企業の社会的評価を向上させます。従業員とその家族の安全を最優先する企業姿勢は、従業員のロイヤルティと帰属意識を高める効果があるのです。
また、災害時の対応は社会的に注目されやすく、適切な安否確認と支援活動は企業イメージの向上にもつながります。安否確認を始めとして、万が一の際を強く意識した体制や対応は、安全性の高い企業という印象を与えるでしょう。
安否確認の義務対象範囲は?
安否確認の対象となる従業員の範囲は、雇用形態によって異なる部分もありますが、基本的にはすべての従業員が対象です。
ここでは、安否確認義務の範囲について、正社員、派遣社員、アルバイト・パートの雇用形態ごとに解説します。
正社員
企業に従事する正社員は、安否確認の第一の対象者であり、企業の安全配慮義務が最も明確に適用される従業員区分です。正社員の安否が分からなければ業務に重大な支障が生じる可能性があるため、災害発生時には最優先で安否確認を行う必要があります。
正社員に対する安否確認体制を整えることは、企業としての基本的な安全配慮義務の履行と見なされます。まず、正社員に対する安否確認体制が十分でないと、後述の派遣社員やアルバイト・パートに対する安否確認体制も不十分となってしまうでしょう。
派遣社員
派遣社員は法的には派遣元企業の従業員ですが、実質的には派遣先企業の管理下で働いているため、派遣先企業にも安全配慮義務が発生します。災害発生時に派遣社員が勤務していた場合、派遣先企業は派遣元企業と連携して安否確認を行わなければいけません。
厚生労働省の「派遣労働者に係る安全衛生管理の特徴」でも、派遣先企業の安全衛生責任が明確化されており、これは災害時の安否確認にも適用されます。
アルバイト・パート
アルバイトやパートタイム従業員に対する安否確認も、法的には義務付けられていませんが、安全配慮義務の観点から実施すべきです。雇用形態にかかわらず、災害発生時に勤務していたすべての従業員の安否を確認することは、企業の社会的責任として欠かせません。
アルバイト・パートへの安否確認を怠り、被災状況を把握しないまま業務再開を指示した場合、安全配慮義務違反となる可能性があるため、注意してください。
安否確認の義務を果たすための体制作り
ここまで、企業の安否確認の必要性について説明しました。企業が安否確認の義務を適切に果たすためには、事前の体制作りが不可欠です。
では、どのように安否確認体制を構築していけばよいのでしょうか。安否確認体制作りのポイントは、以下のとおりです。
- 多様な連絡網を設計・管理する
- 情報収集と分析の仕組みを整える
- 初動対応チームと効果的に連携する
ここでは、上記のポイントを詳しく紹介します。
多様な連絡網を設計・管理する
効果的な安否確認体制には、電話・メール・SNSなどの複数の連絡手段を準備し、定期的に連絡先情報を更新する仕組みが必要です。災害時には特定の通信手段が使えなくなる可能性があるため、複数の代替手段を用意しておきましょう。
この際、使用する通信手段の優先順や手段ごとの連絡方法などを明確にして、それを社員に周知することが重要です。なお、従業員の連絡先情報は四半期ごとなど定期的に更新し、最新の状態を維持する仕組みも確立してください。
情報収集と分析の仕組みを整える
安否情報は一元管理システムで集約し、リアルタイムで状況を把握・分析できる体制を整えることが効果的です。この際、収集する情報は「無事」「軽傷」「重傷」などの安否状況だけでなく、「自宅」「避難所」などの現在地や、「出社可能か」といった業務継続に関わる情報も含めましょう。
また、集計された情報はリアルタイムでダッシュボード化し、経営層や災害対策本部が迅速に意思決定できる形で提供することが重要です。
初動対応チームと効果的に連携する
安否確認の結果は初動対応チームと即時共有し、救援や支援が必要な従業員への対応を迅速に行える体制を作らなければなりません。そのため、安否不明者や負傷者がいる場合の救助要請フローを事前に決めておき、関連機関との連携方法も明確にしておくべきでしょう。
また、安否確認の結果に基づいて、従業員への支援物資の配布や医療機関の紹介など、具体的な支援策を迅速に実行する体制も必要です。自社のシステムだけでなく、関係各所との連携も事前に確立しておきましょう。
企業義務を果たすための安否確認システムの選び方
安否確認の義務を効果的に果たすためには、適切なシステムの導入が欠かせません。企業のニーズに合った安否確認システムを選ぶポイントは、以下のとおりです。
- 最適なコミュニケーションツールを選定する
- 災害種別に応じた対応策を準備する
- 導入コストと期待効果を分析する
ここでは、上記の選定ポイントについて詳しく解説します。
最適なコミュニケーションツールを選定する
まず、安否確認ツールは災害時でも機能する信頼性と、従業員が簡単に使える操作性を基準に選定すべきです。専用の安否確認システムは、自動送信機能や回答集計機能など、効率的な機能を備えています。
しかし、システム自体が使いやすくなければ、それらの機能を充分に活用することができません。そのため、必要十分な機能が備わっているうえで、シンプルな操作性のものを選びましょう。
その際、災害時の通信環境を考慮し、低帯域でも動作する軽量なアプリケーションや、SMS対応のシステムを選ぶことが有効です。
災害種別に応じた対応策を準備する
地震・水害・感染症など、災害の種類によって安否確認の方法や確認項目を変える、フレキシブルな対応計画が不可欠です。地震の場合は建物被害や交通遮断による出社可否、感染症の場合は健康状態や同居家族の状況など、災害特性に応じた質問項目を準備してください。
大規模災害では広域の被害状況も考慮し、地域ごとの対応策を柔軟に変更できるような計画が効果的でしょう。
導入コストと期待効果を分析する
安否確認システムの導入は初期コストがかかりますが、災害時の迅速な事業復旧と法的リスク軽減という長期的メリットで評価すべきです。システム導入費用と月額利用料は、企業規模や従業員数に応じて選択し、費用対効果を重視した選定を意識してください。
この際、導入コストと比較して、事業停止による機会損失や訴訟リスクなど、「導入しないことのコスト」も考慮した総合的な判断が必要でしょう。
安否確認システムを導入し、安否確認体制を定着させよう
企業の安否確認は明確な法的義務はないものの、安全配慮義務の一環として実施すべき取り組みです。安全配慮義務の履行証明になり、事業継続の可能性が向上するといったメリットもあります。
企業が安否確認の義務を果たすためには、適切なシステムの導入と継続的な体制強化が欠かせません。連絡手段の確立や従業員への周知、安否確認訓練の実施を通じて、いざというときに機能する、実効性の高い安否確認体制を確立・維持していくことが重要です。
そのためにも、企業の安全配慮義務の一環として、安否確認システムを適切に導入・運用し、従業員の安全を守る体制を構築しましょう。