契約書の書き方 第24回 個人貸金等根保証契約書③
今回は、個人貸金等根保証契約書に関連する問題として、保証人が主に経営者保証ガイドラインを利用して保証債務を整理する場合の実務について、解説を行います。
保証人の債務整理
平成から令和の日本においては、毎年4万数千件の企業が休廃業や解散となっています。特に、令和2年(2020年)以降のコロナ禍の影響により、今後ますます事業承継をするか倒産するかの判断を迫られる企業が増加するものと見込まれます。金融機関から中小企業に対する融資においては、90%を超える割合で経営者保証が付されているのが現状であり、主債務者である会社が債務を弁済することが困難となって倒産の危機に瀕した場合などは、保証人である経営者が、前回までに解説した個人貸金等根保証契約に従って、保証債務を履行しなければならない状況が生じます。
経営者が保証債務を履行することも困難で、保証人の債務整理が必要な場合には、一般的に、任意整理、破産、民事再生(個人再生)などの方法が考えられます。令和4年(2022年)10月現在、筆者の法律事務所への破産や個人再生の依頼を見ても、以前よりも件数が増加傾向にあります。
これらの手続のほかに、いわゆる準則型私的整理手続もあります。これは、法律上の債務整理の手続ではなく、手続の準則(一定のルール)に従って債務整理を行うものです。事業再生を図る場合のほか、廃業支援の方法として用意された手続もあり、今後の活用が期待されています。以下に、準則型私的整理手続の例をいくつか紹介します。
中小企業活性化協議会
令和4年(2022年)4月、従前の中小企業再生支援協議会が中小企業活性化協議会に改組され、「中小企業活性化協議会実施基本要領」が制定されました。
中小企業の事業再生等に関するガイドライン
令和4年(2022年)3月に新たに制定されたガイドラインです。中小企業活性化協議会には、会社の規模等による制限がありますが、こちらにはそのような制限はありません。
特定調停
これは、特定調停法に基づく裁判所の調停手続を利用するものです。日本弁護士連合会(以下「日弁連」と略します。)は、最高裁判所と中小企業庁と協議して「特定調停スキーム利用の手引き」(2020年2月19日改訂)を定めており、後記の経営者保証ガイドラインを利用して、保証債務の整理等を行うことが可能です。
日弁連の特定調停スキームの対象となるのは、原則として金融機関に対する債務のみですので、取引債務や税金・社会保険の滞納等の解消の目途が立たない場合には、他の手段を検討せざるを得ません。したがって、金融機関に対する債務の整理をしさえすればよい早期の段階で私的整理手続に着手することが重要となります。
日弁連の特定調停スキーム
保証債務の整理を特定調停手続で進める場合、経営者保証ガイドラインを活用することとなりますので、破産した場合でも残すことができる自由財産等(99万円以下の現金等)のほかに、後述するインセンティブ資産を残すことも可能となります。また、信用情報機関に登録されないため、保証人の経済的更生を図りやすいというメリットもあります。
経営者保証ガイドライン(GL)
経営者(保証人)の金融機関に対する保証債務を整理する手法として、平成25年(2013年)12月、全国銀行協会、日本商工会議所を事務局とする有識者の研究会によって策定・公表され、平成26年(2014年)2月より適用開始となっています。
これには、法人の主債務と経営者の保証債務の一体整理を準則型私的整理手続で行う「一体型」と、法人については法的整理手続を行い、保証債務の整理のみを準則型私的整理手続で行う「単独型」があります。
経営者の保証債務の整理(GL第7項)については、債権者は、以下に述べる要件をみたす場合、合理的な不同意事由がない限り、当該債務整理手続の成立に向けて誠実に対応することとされています。
このGLに従った債務整理をすることにより、経営者個人の財産の一部については保証債務の弁済に充てず、残存資産(インセンティブ資産)を確保することが可能となります。
- ア 主債務者(会社)に関する要件
① 主債務者が法的債務整理手続の開始申立てまたは準則型私的整理手続の申立てをGLの利用と同時に行うか、または、
② 主債務者につき上記手続が係属しもしくは既に終結していること(GL7(1)ロ)。
ただし、インセンティブ資産を残すためには、主債務者の整理手続の終結前にGLの申立てを行う必要があります(GL7(3)③、「経営者保証に関するガイドライン」Q&A 7-21)。 - イ 保証人(経営者)に関する要件
保証人に破産法252条1項所定の免責不許可事由が生じておらず、そのおそれもないこと(GL7(1)ニ)。 - ウ 経済的な合理性
主債務者の資産・債務、保証人の資産・債務の状況を総合的に考慮して、主債務及び保証債務の破産手続による配当よりも多くの回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること(GL7(1)ハ)。
経済的な合理性が認められる場合、主債務者である会社が破産・民事再生等の法的整理手続の開始申立てや、準則型私的整理手続の開始申立てを行っているときは、これらの手続の終結前に経営者保証GLを利用した保証債務整理を開始すれば、破産した場合でも残すことができる自由財産のほかに、回収見込額の増加額(前記Q&A 7-16)を上限として、インセンティブ資産(※)を残すことができます。
※ インセンティブ資産について
①一定期間の生計費、②華美でない自宅、③その他の資産に分類されます。
「一定期間」
雇用保険の給付期間の考え方を参考にするものとされています。
保証人の年齢 |
給付期間 |
30歳未満 |
90日~180日 |
30歳以上35歳未満 |
90日~240日 |
35歳以上45歳未満 |
90日~270日 |
45歳以上60歳未満 |
90日~330日 |
60歳以上65歳未満 |
90日~240日 |
「生計費」
1か月あたりの「標準的な世帯の必要生計費」33万円(民事執行法施行令2条1項1号)を参考にするものとされています。
保証人の年齢 |
目安 |
30歳未満 |
99万円~198万円 |
30歳以上35歳未満 |
99万円~264万円 |
35歳以上45歳未満 |
99万円~297万円 |
45歳以上60歳未満 |
99万円~363万円 |
60歳以上65歳未満 |
99万円~264万円 |
保証債務の弁済計画については、当該保証人が財産評定の基準時(GLに基づく保証債務の整理を対象債権者に申し出た時点)において保有する全ての資産(残存資産を除く)を処分・換価して得られた金銭(処分・換価の代わりに、処分・換価対象資産の「公正な価額」(※)に相当する額を弁済する場合を含む。)をもって、担保権者等に対する優先弁済の後に、全ての対象債権者に対し、債権額の割合に応じた弁済を行い、その余の保証債務について免除を受ける内容を記載することとされています。
※ 「公正な価額」の算定については、「関係者間の合意に基づき適切な評価基準時を設定し、当該期日に処分を行ったものとして資産価額を評価します。具体的には、法的倒産手続における財産の評定の運用に従うことが考えられます。」とされています(前記Q&A 7-25)。
中小企業の事業承継等に関するガイドライン
令和4年(2022年)3月、中小企業庁は、中小企業の事業承継等に関する次の4つのガイドライン等を公表しました。
① 中小企業の事業再生等に関するガイドライン
中小企業活性化協議会のスキームが公的な手続であるのに対し、これは民間の手続として位置付けることができるものです。第三者支援専門家という立場の弁護士や公認会計士等が関与して、いわゆるリスケや債権放棄を含め、事業再生計画案の策定支援等を行っていく手続です。
② 廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方
④ 中小PMI(※)ガイドライン
※ Post Merger Integration = M&A後の統合と継続的な発展を意味します。