コンプライアンス違反事例に学ぶ企業の対処法とは
コンプライアンス違反を起こさない体制を整えることは、企業が社会の信頼を得て継続的に存在していくために必要不可欠です。
それでも、コンプライアンス違反を起こして企業価値を損なってしまった企業は多数存在します。
なぜ起きてしまうのか、どのような対策をすべきか、実際にあった違反事例とともにご説明していきます。
コンプライアンスとは
コンプライアン(compliance)は、命令や要求などに従うことを意味し、日本語では「法令順守」という言葉に訳されます。
当然ではありますが、企業には法令を遵守する義務があります。法令違反を犯す企業は懲罰や制裁の対象となり、社会からの信頼を得られません。法令を犯さずに企業活動を行うことは、企業価値を損なわないための大前提にあたります。
コンプライアンスという言葉が重視されるようになったのは、バブル崩壊後の不況に起因します。不況に苦しむ中、目先の利益に目がくらんで不正を行い、社会の信頼を喪失する企業が増加したため、コンプライアンスの重要性に注目が集まるようになりました。
コンプライアンス違反に潜む「不正のトライアングル理論」とは
コンプライアンス違反発生の原因を理解し、対策を検討するためには、アメリカの犯罪学者であるドナルド・クレッシー氏が提唱した「不正のトライアングル理論」が役立ちます。
これは、不正は「動機」「機会」「正当化」という3つの不正リスク要因がすべてそろったときに発生すると考える理論です。逆に考えると、どれかひとつでもそろわなければ不正は発生しないということになります。したがって、「動機」「機会」「正当化」のうち、どの要素の成立を防ぐかという視点から、対処法を検討できます。
動機
一般的に「動機」とは、人が意志を決めたり、行動を起こしたりする直接の原因を表しますが、不正のトライアングル理論における意味は少し異なります。
クレッシー氏によると「他人と分かち合えない金銭的問題を抱えていること」とされ、問題を抱えた上で、それを誰にも相談できないでいることが不正の動機を指します。
動機の成立を防ぐには、社内のコミュニケーションの活性化が有効です。
従業員が個人的に発生させた急な出費やそれに伴う借金などは、組織の働きかけで未然に問題を防いだり、解決することは困難です。そのため「他人と分かち合えない」という状況に陥らせないよう、気軽に相談しやすい風土を作り、周りの人間が悩みの兆候に気づけるような親密な関係性を築けるようにするといった、社員の孤立を防ぐ工夫が重要となります。
機会
「機会」は、不正をしようと思えば簡単にできてしまう状況があることを意味します。
例えば、金品の出入りに関わる人間が一人に限られていて、かつ他の誰も確認しない組織構造や、備品や商品のストックが無造作に置かれていて誰も数量を管理していない、といった状況がこれにあたります。
不正のトライアングルにおけるリスク要因のうち、動機と正当化は心の動きに関係しますが、機会は状況として発生します。そのため3つの中でもコントロールしやすい要素であり、不正を行える状況の発生を防ぐ仕組みづくりで対処が可能です。
ただし仕組みづくりの際には、実施可能性を損なわないよう注意する必要があります。
不正防止のために多数の承認者を必要とするなど、手間の多いルールを設定してしまうと、次第に管理体制が形骸化して、軽視されやすくなる危険性があるため、簡潔かつ効果的なルールの策定が求められます。
正当化
「正当化」とは、不正を行おうとする人が自分自身を納得させるために都合の良い理由をこじつけることを言います。
例えば、会社のお金を横領するにあたり「自分は頑張っているから」「世間には他にも横領した人がいる」「あとで返せば問題はない」などと自分に言い聞かせて罪の意識の軽減を図ることがこれに該当します。
「自分は悪くない」「しかたない」などと思い込むことで、「悪いことだ」と認識していたらしなかったはずの不正を実行しやすくなってしまうのです。
正当化を防ぐためには、社内の公平性を見直し、倫理意識を高めることが効果的です。
報酬や待遇が不公平だと感じ、不満を抱えていると、「不当に扱われているから」といった正当化が起こりやすくなります。
また、社内の倫理意識が低く不正が横行していると「みんなもやっているから」と正当化が生じ、さらに不正が起こる悪循環に陥るおそれがあります。
社内の評価体制をきちんと整え、良い意味で「見られている」という意識を社員が持てば、それぞれが自分の仕事に誇りを持って業務にあたれる環境を作り出せます。
組織の中で自分の居場所を確立できていれば、それを壊しかねない不正を行おうという意識は働きづらくなります。
コンプライアンスの違反事例
実際に起きたコンプライアンス違反の事例をもとに、問題点と具体的な対処方法をわかりやすくご紹介していきます。
『パワハラ』
厚生労働省は、パワハラにあたる代表的な言動の例を以下のように挙げています。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
- 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
- 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
- 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
- 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
引用元:「職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)(厚生労働省)」
上司から日常的な暴行や暴言、退職勧奨などを受けたことが原因で自殺したとして、亡くなった従業員の家族から訴訟を受け、企業と代表者が数千万円の損害賠償を命じられたという事例があります。これは、身体的な攻撃や精神的な攻撃がパワハラと認定された事例です。
パワハラの発生により企業が負う責任やリスクとしては、紹介した事例のように使用者責任としての不法行為責任の他に、パワハラが発生しないような環境を整える義務違反による債務不履行責任、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)に反したとして行政責任、取引先からの信頼低下や採用活動への悪影響などの信用リスクが挙げられます。
パワハラの発生を防止する対策としては、社内報でパワハラにあたる言動を周知したり、就業規則に懲戒規定を定めたり、研修を行ったりして、社内の意識向上を図ることや、相談を受け付ける窓口を設けることなどがあります。
こういった対策と併せて、相談者やパワハラを行ったとされる者のプライバシーを保護する措置を講じて、相談したことや事実関係の確認に協力したことなどを理由として不利益な取扱いをしないことを明確に定め、周知することも重要です。
『大規模な顧客情報の漏洩』
過去の事例として、ある企業の従業員が、3000万件以上の顧客情報データを持ち出し売却したという大規模な顧客情報漏洩事件がありました。
この従業員は、システムの保守を行う会社の派遣従業員で、派遣先の企業のデータを不正に持ち出したのです。
顧客情報を盗まれた企業は、社外の従業員から被害を受けたにもかかわらず、情報漏洩を起こした企業として信用を失うこととなりました。結果として多くの顧客が離反し、また情報が流出した顧客への見舞金の支払いなどのために大きな損害を被りました。
こういった情報漏洩を起こさないためには、個人情報の取扱いルールを定め社内周知を徹底する、責任者を定めて個人情報が含まれる媒体へのアクセスを管理・制限する、パソコンで個人情報を扱う際は最新のセキュリティソフトを適用し、パスワードを適切に使用する、個人情報の取り扱いを委託する際は信用できる企業と秘密保持契約を締結するなどの対策を行うことが重要です。
『粉飾決算などの不正会計』
あるメーカーは粉飾決算を行い、内部通報により問題が発覚しました。証券取引等監視委員会の調査により、利益が実際よりも2300億円以上水増しされていたことが判明したのです。
このメーカーは、新規契約業務の3か月間の停止と20億円を超える課徴金の支払いを負うことになりました。
不正会計は一度始めると、帳尻合わせのために不正会計を続けなければならない悪循環に陥る可能性が高いです。発覚すれば、刑事罰・行政罰・民事責任など厳しい罰則を処されることにもなります。
不正会計の発生を防止するためには、こういったリスクの周知徹底と、承認制度や関連取引の定期的な照合を行うシステムなどの内部統制の整備が有効です。
『残業代未払い』
従業員のパワハラによる自殺がきっかけで、大手メーカーの残業代未払いが発覚した事例があります。
未払いの総額7億7000万円という金額の大きさとともに、問題が発覚したあと1年もの間公表しなかった企業の姿勢も問題視されました。
残業代の未払い発生の原因は、残業時間の管理がきちんとされていないことでした。残業時間の記録は社員の自己申告をもとに行われ、パソコンの使用や出退勤の履歴などは照合されず、過少申告が常態化していました。
過少申告をすることが当たり前という雰囲気ができてしまうと、残業代未払いに個人で異を唱えることが難しくなりがちです。
残業代の未払いや支払い拒否は法律違反であり、また社員のモチベーションや職場帰属意識の低下にもつながります。残業代未払いの発生を防ぐためには、労働時間の管理を正しく行うシステムの構築とともに、適切な残業代の支払いを当然とする職場風土への改革が重要です。
『出資法違反』
「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」、通称「出資法」に違反した事例としては、賃金業者が借用証明書を交付せず出資法で定められている制限利息の10倍の利息で貸し付けを行ったケースがあります。
出資法では上限金利が定められており、それを超える貸し付けは出資法違反となるため罰則の対象となります。上限金利をきちんと把握し、出資法違反の高金利でないか確認することが重要です。
『著作権侵害』
「著作権侵害」により企業が損害賠償を命じられた事例として、大手資格試験予備校の不正コピー事件が挙げられます。
この予備校は社内で組織的にソフトウェアの不正コピーを行っていたとして、複数のソフトウェア会社から訴訟を受け、数千万円の損害賠償が命じられました。
ソフトウェアは著作権法で保護されていて、権利者の許可なくコピーすることは著作権侵害にあたります。社内のソフトウェアであっても、使用許諾契約に記載された使用台数などのルールに反して使用することは著作権の侵害となります。
このケースは企業が主体となって行われた著作権侵害ですが、従業員個人の意識についても注意が必要です。職場内で同僚が使っているソフトウェアを「借りるだけ」といって自分のパソコンにもインストールしたり、法人契約のソフトウェアを私物の機器で利用することは、利用契約の範囲外であれば著作権侵害にあたります。
著作権に関する知識不足や、少しくらい良いだろうとする倫理観の低下は、著作権侵害につながります。防止するためには、研修を行い社内のコンプライアンス意識を高めることが効果的です。
『食品偽装問題』
全国展開している有名なホテルチェーンでは、ホテル利用者減少に伴うコストカットが食品偽装表示のきっかけとなりました。
食材費の削減で今までより安価な食材を使用し、それによるブランド価値の低下を抑えるために、食品名を偽るようになったのです。この食品偽装問題により、レストランだけでなくホテルもキャンセルが相次ぐようになるなど、結果としてブランド価値を大きく失墜させる事態となりました。
違反が行われないような制度を作るとともに、社員ひとりひとりがコンプライアンスを重視する風土を作ることが、偽装の防止につながります。
『誇大広告や不当表示などの景品表示』
商品について実際のものよりも著しく優良または有利であると誤認されるような表示は、消費者が適切な商品を購入することの妨げになります。そのため、一般消費者の合理的な選択を阻害するおそれのある行いは、景品表示法により禁止されています。
景品表示法に関する情報提供や相談を受け付ける窓口は消費者庁に設けられています。こちらに提供された情報により、消費者庁は調査を行います。調査を受けた企業は、対応に多くの時間と労力を割くことになり、さらに措置命令を受けることになると、どのような不当表示をしたのかが公表されます。
措置命令の事例としては、「密閉されていない空間において身の回りの浮遊するウイルスまたは菌が除菌・消毒される効果」が得られるかのように記載された商品があります。
販売していた企業は、裏付けとなる合理的根拠がないことから、表示を取りやめた上で景品表示法に違反していたことを一般消費者に周知する命令を受けました。
措置命令を受けると、信用の失墜につながり、不買運動にまで発展するおそれがあります。故意に不適切な表示を行わないようにすることは当然ですが、知識不足や認識の誤りが生じないよう社内体制を整えることがコンプライアンス違反防止に有効です。
『社外秘の情報持ち出し』
「社外秘情報」は、名前の通り社外に出してはいけない情報です。自宅や社外で作業をしたいからといって、社外秘情報を持ち出すことはコンプライアンス違反となります。営業秘密の保持は、労働契約を行っているすべての社員が負う義務です。
社外秘情報の漏洩は大きな損害を引き起こしかねません。リスクを周知するなどして、気のゆるみからコンプライアンス違反を起こすことのないよう、社員一人ひとりの注意を促すことが大切です。
コンプライアンス強化にむけた対処法
コンプライアンス違反は、前述のように様々な問題や損害につながります。違反事例と併せてそれぞれの対策をご紹介しましたが、ここからは全般的なコンプライアンスを強化する対処法をご紹介します。
社内に潜むコンプライアンスリスクの洗い出し
コンプライアンス強化のためには、社内にどんなコンプライアンスリスクがあるのか把握することが第1ステップです。
まだ発覚していないリスクを洗い出すためには、聞き取り調査を行って問題を具体化する必要があります。調査により具体的に現状をリストアップすることで、リスクの高いものを把握し、順序立てて対策を行うことが可能になります。
社員教育・研修を行う
不正のトライアングル理論における意識・正当化で見られるように、コンプライアンスと社員の意識には強い関係性があります。
コンプライアンスを強化するためには、社員にルールや意識が浸透するよう、定期的な勉強会を行うことをおすすめします。その際は講師が一方的に話をするだけでなく、グループワークやディスカッションなどを行うとより効果的です。
また、社内規則をマニュアル化して共有しましょう。社内規則の新たな策定や見直しをする際には「コンプライアンス管理規定」の書式テンプレートを参考にすると、より効果的な規則を効率的に作成できるのでおすすめです。
内部通報システムを作る
第三者の立場で通報受付窓口を提供するサービスを利用するなどして、不正の発見を行うことも効果的です。社外に窓口を設けることで、従業員が安心して問題を通報できるようになり、不正の発見と是正の可能性が高まります。
まとめ
コンプライアンス違反は、社員の気のゆるみなど、些細なきっかけで生じたことでも企業の存続を危ぶませる重大な問題につながりかねません。
企業の信頼を守り、企業価値を損なうことなく営業活動を続けていくためには、コンプライアンスを強化する対策が必要不可欠です。