メタバースの中の商標
近年、テレビやネットニュースなどのメディアにおいて、「メタバース」という言葉に接する機会が増えてきました。
従来、「あつまれ どうぶつの森」や「Minecraft」など、主にゲーム分野で見聞きすることが多かった言葉ですが、最近はビジネスの分野でもこの「メタバース」がその世界の奥行きと幅を広げつつあります。
他方、ブロックチェーンを基盤にして作成された代替不可能なデジタルデータ、NFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)技術の発展により、ゲームのアイテムのほか、デジタルアートやデジタルファッションなど、さまざまなものがNFT化され、取引されている現状にあります。
このデジタルデータであるNFT商品は、インターネット上の仮想空間との親和性の高さもあって、「メタバース」内での取引の場と量を急速に伸ばしているとともに、法律的な問題もしばし指摘されているところです。
そこで、今回は、メタバースとは何かを概観しながら、「メタバース」の中の商標の問題について解説していきたいと思います。
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1.メタバースとは
メタバースの語源をさかのぼると、「超越した、高次の」といった意味を有する「メタ(meta)」と、「宇宙、世界」という意味を有する「ユニバース(universe)」を組み合わせた造語で、1992年に発行されたニール・スティーブンソンのSF小説「スノウ・クラッシュ」において、架空の仮想空間サービスの名称として用いられたことに端を発し、その後、仮想空間の総称や加工空間自体の名称として広く用いられるようになったようです。
メタバースは、コンピューターグラフィックで表現された仮想空間であり、私たちはアバターと呼ばれる自分の分身で世界に入ることができます。
私たちは、その仮想空間の中でアバターを介して、他人と会話をしたり、買い物をしたり、現実世界で普段していることと同様の活動をすることができます。
このようにメタバースの一番の特徴は、仮想空間を現実世界に近づけることで、ほぼリアルな体験の提供が可能になるということと、近年の画像処理技術の高度化により、リアルでは難しい体験の提供も可能になるということです。
2.メタバースとビジネス活用
メタバースの特徴を活用し、エンターテインメントの分野のみならず、さまざまなビジネスが展開されています。
(1)商品展示会、イベント
従来のオンラインイベントと比較して、アバターを介してその場にいるかのような体験ができるため、圧倒的な臨場感にあふれる中でイベントを実施することができます。
(2)バーチャルオフィス
仮想空間のオフィスにアバターで出社し、同僚とコミュニケーションしながら業務を行うことができるというバーチャルオフィスです。
Meta Platforms, Inc.(旧Facebook)が2021年に公開した「Horizon Workrooms」では、より現実世界に近いオフィスが提供されています。
リモートワークの際、多々ストレスの原因の一つとなっているコミュニケーションですが、アバターを介した臨場感あふれる自然な会話が可能になっているため、業務の効率化が期待できます。
(3)バーチャルショップ
仮想空間の中に作られた店舗のことであり、リアルの店舗と同様に、物品やサービスの購入ができるようになっています。
株式会社ビームスは、株式会社HIKKYが開催した「バーチャルマーケット5」にバーチャルショップをオープンし、メタバース上で自らのアバターとして使用できる3Dアバター商品のほか、Tシャツなどのリアル商品の販売を行っています。
自分のアバターで、店舗内に展示されている商品を自由に見て回ることができたり、実際のBEAMS社員が操作するアバターの店舗スタッフの接客を受けることができたりと、リアルの買い物とほとんど同じ体験をすることが可能になっています。
(バーチャルマーケット5 BEAMSバーチャルショップ外観)
3.メタバースと商標権
仮想空間内であるとしても、暗号資産などを用いた商取引が行われている以上、そこで使用される看板やブランドは、リアル世界での商標と同じ機能を発揮していることになります。
そのため、当然のことながら商標法上の問題も生ずることになります。
(1)米国での事例
米国では、NFT化したハンドバッグのデジタルデータを製作し、メタバース内で販売した行為に対し、2022年1月、商標権侵害の訴訟が提起されるに至っています。
デジタル・アーティストのメイソン・ロスチャイルド氏が、エルメスの代表的なバッグであるバーキンをモチーフとしたデジタル画像のバッグ(メタバーキンス)を製作し、世界最大級のNFTマーケットプレイスであるOpenSeaで販売した行為に対し、エルメスが提起したものであり、裁判所の今後の判断に注目が集まっています(Hermes International and Hermes of Paris, Inc. v. Mason Rothschild)。
メタバーキンスのウェブサイト
(出典:MetaBirkins)
エルメスの米国登録商標・トレードドレス
- 登録2991927(第18類)
(出典:uspto)
- 登録3936105(第18類)
(出典:uspto)
上記の米国での訴訟では、第18類の「ハンドバッグ」などの商品と、メタバース内で取引される、NFTのメタバーキンスの間に混同が生じ得るのかという問題も絡んで、注目を集めています。
第9類
ダウンロード可能なバーチャル商品、つまりコンピューター・プログラム
第35類
バーチャル商品を取り扱う小売店サービス
第36類
デジタル・トークンを含む金融サービス
エンターテインメント・サービス
第42類
オンラインのダウンロード不可能なバーチャル商品とNFT
これに対し、日本での実際の採択例としては、次のようなものがあります。
第9類
メタバースコンテンツ操作用のコンピュータソフトウェア,メタバース用ゲームソフトウェア,暗号資産及びブロックチェーン技術を使用した非代替性トークン(NFTs)による取引を可能とするマルチメディアコンテンツを内容とするダウンロード可能な音声・映像ファイル,マルチメディアコンテンツを内容とするダウンロード可能な音声・映像ファイル,暗号資産及びブロックチェーン技術を使用した非代替性トークン(NFTs)による取引を可能とするインターネットを利用して受信し及び保存することができる画像ファイル
第35類
メタバースその他のコンピュータネットワーク上の仮想空間における広告スペースの提供,非代替性トークンにより証明可能なデジタルコンテンツ商品の買い手及び売り手のためのオンライン市場の提供,NFT(非代替性トークン)を利用した絵本・書籍の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,暗号資産及びブロックチェーン技術を使用した非代替性トークン(NFTs)による取引を可能とするインターネットを利用して受信し及び保存することができる画像ファイルの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
第36類
メタバースその他のコンピュータネットワーク上の仮想空間を利用した銀行業務,メタバースその他のコンピュータネットワーク上の仮想空間を利用した有価証券の売買の媒介・取次ぎ又は代理,オンライン市場形式で提供される、非代替性トークンにより証明可能なデジタルアート作品その他の美術品の売買の媒介・取次ぎ又は代理,暗号資産又はブロックチェーン技術を使用した非代替性トークン(NFTs)について利用者に代わってする支払代金の精算及び決済
第38類
メタバースその他のコンピュータネットワーク上の仮想空間における通信
第41類
仮想空間(メタバース)内で行う人工知能・情報技術・情報通信技術・その他の新技術に関する知識又はこれらを活用したビジネスに関する知識の教授,メタバースを内容とするゲームの提供,オンラインによるスポーツ及び娯楽の分野のブロックチェーンネットワークを通じた非代替性暗号トークンによって表される双方向メディア・ビデオクリップ・写真・音楽・統計・グラフィックス又は視覚効果の性質を持つデジタルコレクティブル(ダウンロードできないものに限る。)を用いた娯楽の提供
第42類
バーチャルファッションデザインの考案,デジタルアート・クリプトコレクティブル・非代替性トークン(NFT)及びその他のアプリケーショントークンをナビゲートするためのデジタルプラットフォームの提供並びに非代替性トークン(NFT)の市場及びオークションの提供に関して使用するためのソフトウェアを特徴とするオンラインによるアプリケーションソフトウェアの提供(SaaS)
(3)メタバース内でのビジネスに関連する区分
エルメスは米国において、2022年8月の時点で、商標「BIRKIN」について第9類、第35類及び第41類の商品及びサービスを指定して商標出願をしています(US Serial Number: 97566629)。
メタバース内でのビジネスに関し、第18類のリアル世界の「ハンドバッグ」のみでは、保護として十分ではないと判断される可能性を考慮したものと思われます。
(出典:uspto)
上記2.「メタバースとビジネス活用」で挙げたもののうち、(1)「商品展示会、イベント」に関する指定役務を考える場合には、第35類や第41類、第42類といった区分を検討していくことになると思われます。
同様に、(2)「バーチャルオフィス」については第38類や第42類、(3)「バーチャルショップ」については第35類や第42類といった区分の検討が必要になってくるものと思われます。
4.まとめ
リアル世界のブランド商品について、新たにメタバース内でのビジネスに乗り出すという場合には、すでに取得している商標権の指定商品、指定役務の範囲が、メタバース内での商標の使用を想定したものか否かをまずは検討し、必要に応じてメタバース内、すなわち仮想空間内の商標の使用をカバーする商標出願・権利化をすることが急務となります。
リアル世界での「ハンドバッグ」(第18類)と、メタバース内で販売されるデジタル画像の「ハンドバッグ」とが商標法上「類似」と判断されるか否かの議論は今後の議論を待つとして、現時点で商標法上の紛争を回避し、既存のブランドをきちんと守っていくためには、メタバースと関連が深い区分と商品・役務を検討し、新規の商標出願などの対策を検討していく必要があると思われます。
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