ディーセントワークとは? SDGs達成との関係や企業に導入するメリットとポイント
ディーセントワークは「働きがいのある人間らしい仕事」を意味する言葉です。
1999年に提唱されましたが、近年はSDGsとの関わりも深く、注目を集めています。
本記事では、ディーセントワークの概要や、企業が取り組むメリット、導入事例などについて紹介していきます。
ディーセントワークとは
ここではディーセントワークの定義や、需要視される背景、SDGsとの関連性などについて解説します。
ILOによるディーセントワークの定義
ディーセントワーク(decent work)という言葉は、1999年に国際労働機関(以後、ILO)のファン・ソマビア局長(当時)が、21世紀の目標として「すべての人にディーセント・ワークを確保すること」を掲げたことが初出です。
ILOはディーセントワークについて「働きがいのある人間らしい仕事、より具体的には、 自由、公平、安全と人間としての尊厳を条件とした、 全ての人のための生産的な仕事」と定義しています。
ディーセントワークが重要視される背景
ディーセントワークが注目される背景としては、主に2つの要因が考えられます。
- 所得格差の拡大
- SDGsとの関連
2014年12月に経済協力開発機構(OECD)は、所得格差が経済成長を妨げるとして、格差を縮小するための政策をとりまとめた報告書を公表しました。
報告書の中では、多くのOECD諸国において、人口の上位10%の富裕層の所得が、下位10%の貧困層の所得の9.5倍に達しており、貧困層ほど教育への投資が少なく、知識や技能水準の低下が経済成長を疎外するとされています。
ディーセントワークが注目を集めるのは、労働に対し適正な賃金を確保すれば、所得格差の縮小に寄与することが期待されるためです。
SDGsとの関連については後述します。
SDGs達成のカギとなる「ディーセントワーク」
ディーセントワークは、SDGsの推進においても重要な役割を持ちます。
SDGsとは2015年に国連で採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略で、人類が解決しなければいけない17の目標(ゴール)に対して、世界全体で取り組むべき169の事柄(ターゲット)を定めた指針です。
ディーセントワークは以下のSDGsの目標達成に貢献することが期待されます。
SDG1:貧困撲滅
SDG5:ジェンダー平等
SDG8:働きがいも経済成長も
SDG10:人や国家間の格差の是正
SDG16:平和と公正をすべての人に
中でもSDG8では、「働きがいのある人間らしい仕事を増やしたり、会社を始めたり、新しいことを始めたりすることを助ける政策をすすめる」「すべての人の働く権利を守って、安全に安心して仕事ができる環境を進めていく」といったターゲットが定められており、ディーセントワークとの共通点が多く見られます。
企業がディーセントワークを導入するメリット
ディーセントワークの導入は、企業にとっても以下のようなメリットがあります。
- 労働生産性の向上
- 企業のイメージ向上
- 離職率の低下
- 優秀な人材の確保
それぞれ見ていきましょう。
労働生産性の向上
ディーセントワークでは、長時間労働を是正し、限られた時間内で成果を出すことを良しとします。
つまり企業視点で見たディーセントワークは、長時間労働や業務の属人化を解消し、労働生産性を向上させる取り組みでもあるのです。
企業のイメージ向上
長時間労働やハラスメントが問題視される昨今において、従業員の尊厳が守られているか否かは企業のイメージに大きな影響を与えます。
ディーセントワークが実現されている企業は、すなわち従業員の尊厳を重視している企業であり、世の中に与えるイメージも自ずと良いものになります。
離職率の低下
ディーセントワークが導入され、長時間労働や属人化が解消された企業では、適切なワークライフバランスや、一人ひとりの事情に応じた柔軟な働き方も可能になり、従業員にとって働きやすい環境、働き続けたい環境となります。
そういった環境であれば、自社で経験を積んだ従業員の離職は大きく減るでしょう。
新規人材の確保
ディーセントワークを実現し、働きやすい会社であると認知されれば、入社を希望する人も多く訪れるでしょう。
特に日本では少子高齢化が進み、多くの職種が人手不足に陥っているため、貴重な若手人材に対して魅力をアピールできることは大きな意味を持ちます。
ディーセントワーク実現に向けたILOの計画
続いて、ディーセントワークの実現に向けたILOの計画について見ていきましょう。
戦略目標
ILOでは、ディーセントワークの戦略目標として、以下の4つを掲げています。
- 仕事の創出:人々が働いて生計を立てられるよう、またそのために必要な技術を身につけられるように、国や企業が仕事を作り出す
- 社会的保護の拡充:人々が安全で健康的に働き、なおかつ生産性も向上する職場環境の整備や、社会保障の拡充をおこなう
- 社会対話の推進:職場での問題や紛争を、穏便かつ公平に解決できるよう、政治、労働者、使用者の意見交換を積極的におこなう
- 仕事における権利の保障:搾取される形での労働をなくし、労働者の権利や尊厳を重んじる
これらが達成されることで、ディーセントワークが実現されるとしています。
旗艦プログラム
前述した4つの戦略表を達成するための期間プログラムとして、ILOでは5つの計画を掲げています。
- 児童の労働をなくしたい:2025年までにすべての児童労働をなくし、2030年までにはあらゆる強制労働や奴隷制、人身取引を根絶する
- もっと安全で安心な労働を:安全で健康的に働けることを基本的な権利として捉え、すべての労働者が享受できる状態をめざす
- よい労働は、平和もつくりだす:紛争や災害の影響を受けやすい人々、特に若い世代の雇用を安定させることで、社会の安定を目指す
- すべての人にセーフティーネットを:保健医療や、子どもたちの社会的保護、失業や災害時における所得保障といったセーフティーネットの充実
- 働く人も、売る人も、買う人も、幸せに:誰もが搾取されず、仕事にかかわるすべての人が幸せになる状況をめざす
日本の労働環境の現状と課題
ディーセントワークの観点から、日本の労働環境における課題を2つ紹介します。
- 男女の賃金格差
- 長時間労働が引き起こす労働生産性の低下
男女の賃金格差
男女に賃金格差が発生する理由として、男性に比べると女性に非正規雇用が多いことがあげられます。
非正規雇用の7割超が女性であり、非正規雇用と正規雇用とで賃金格差は67.5ポイントとなっています。
正規雇用の長時間労働や転勤を伴う異動という働き方が、仕事と家庭の両立に馴染まなく、女性が非正規雇用を選択する要因でもあります。
ディーセントワークでは、仕事について平等や公平が保障されることを求めており、柔軟な働き方や同一労働同一賃金の実現が解決策となります。
長時間労働が引き起こす労働生産性の低下
OECD諸国のデータを見ると、1人当たりの労働時間が短い国ほど1人当たりの労働生産性も高いという相関関係が見られます。4か国の労働時間と生産性を次の表にまとめました。
年間総労働時間 |
時間あたりの労働生産性 |
|
---|---|---|
日本 |
1607時間 |
49.9ドル |
スウェーデン |
1444時間 |
85.6ドル |
ノルウェー |
1427時間 |
106.2ドル |
ルクセンブルク |
1382時間 |
119.2ドル |
参考:2021年のOECD統計データより
長時間労働ではプライベートの時間を削減することとなりますが、その対象となるのは睡眠時間で、睡眠時間の減少は生産性を顕著に低下させることは多くの文献が示しています。
ディーセントワークでは、安全で健康的に働ける職場を戦略目標にあげており、勤務間インターバル制度の浸透や労働者の健康を確保することが解決策となります。
日本におけるディーセントワークの定義
ILOから世界各国に向けて発信されてきたディーセントワークですが、日本ではどのように捉えられてきたのでしょうか。
ここでは厚生労働省が2012年3月に発表したディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書(以下「2012年の報告書」)を参考に見ていきましょう。
ディーセントワークの4つの条件
厚生労働省は2012年の報告書において、ディーセントワークを「働きがいのある人間らしい仕事」と訳し、その内容を以下の4つに整理しています。
- 働く機会があり持続可能な生計に足る収入が得られること
- 労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
- 家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること
- 公正な扱い、男女平等な扱いを受けること
引用元:ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書(厚生労働省)
ディーセントワーク導入時に重要な7つの軸
2012年の報告書では、ディーセントワークの内容を前項の4つに整理したうえで、その達成度を図るための軸として以下の7つを設定しています。
- WLB軸:「ワーク」と「ライフ」をバランスさせながら、いくつになっても働き続けることができる職場かどうかを示す軸
- 公正平等軸:性別や雇用形態を問わず、すべての労働者が「公正」「平等」に活躍できる職場かどうかを示す軸
- 自己鍛錬軸:能力開発機会が確保され、自己の鍛錬ができる職場かどうかを示す軸
- 収入軸:持続可能な生計に足る収入を得ることができる職場かどうかを示す軸
- 労働者の権利軸:労働三権などの働く上での権利が確保され、発言が行いやすく、それが認められる職場かどうかを示す軸
- 安全衛生軸:安全な環境が確保されている職場かどうかを示す軸
- セーフティネット軸:最低限(以上)の公的な雇用保険、医療・年金制度などに確実に加入している職場かどうかを示す軸
ディーセントワークの取り組み例
続いて、企業におけるディーセントワークへの取り組み事例を3つ紹介します。
資生堂:働きがいのある職場の実現
資生堂は、「多様な働き方」、「ワークライフバランス」、「法制度を上回る充実した出産・育児のサポート制度」などを柱に、働きがいのある職場の実現に挑戦しています。
労働時間の削減にも取り組んでおり、2023年末までに男性社員の育児休業取得率を100%とする目標を設定するなど、まさにディーセントワークを実現させている企業だといえます。
パナソニック:e-Workの推進
パナソニックは2006年より、仕事と家庭の両立支援や、多様な人材の能力活用の推進を目的に、場所や時間に縛られない働き方として「e-Work」を導入しました。
2021年からは新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、リモートワーク制度を開始。1ヶ月の半分以上を在宅勤務とする社員が1万人以上となっています。
サイボウズ:多様な働き方へのチャレンジ
サイボウズは「100人いれば100通りの働き方」を掲げ、最大6年の育児・介護休暇制度や、ライフステージの変化に応じた働き方を選択できる制度、在宅勤務制度など、多様な働き方を推進する仕組みを相次いで導入しました。
その結果、2005年には28%だった離職率が、2012年以降は10年連続で5%以下となっています。
ディーセントワークについてのまとめ
1999年にILOのソマビア局長によって提唱されたディーセントワークは「働きがいのある人間らしい仕事」を意味する言葉です。
労働者の尊厳を重んじる考え方ですが、企業にとっても、労働生産性やイメージの向上、それに伴う人材確保の円滑化など大きなメリットがあります。
近年はSDGsとの関連性も注目され、今後ますます重要度を増していくディーセントワークの達成を、ぜひこの機会に目指してみてはいかがでしょうか。
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