簿価純資産法とは? 企業価値評価の基本と具体的な計算例
簿価純資産法は、企業価値の算出方法の一つで、M&Aの際に重要な役割を果たします。M&Aでは企業の買い取り額、売却額を決定する必要があります。
簿価純資産法は、企業価値の算出方法が非常に簡単で、誰でも理解できるなどのメリットがある一方で、企業の将来性を企業価値として反映できないなどのデメリットもある評価方法です。
本記事では簿価純資産法の計算方法や、デメリットに対する対応方法もご紹介しているので、自社の企業価値評価をする際の参考にしてください。
簿価純資産法とは?
簿価純資産法は、M&Aをする際の企業の評価方法の一つです。貸借対照表の資産から、負債を差し引いた純資産額を株主価値とします。特に零細中小企業のM&Aの際に適用されます。経営者や企業の関係者にとって、企業価値の算出方法がわかりやすいことが特徴です。
簿価純資産法の計算方法
ここでは、簿価純資産の基本的な計算方法や、実践的な計算方法を紹介します。
基本的な計算式
簿価純資産の計算は、貸借対照表を使用します。簿価純資産法の計算式は以下の通りです。
資産-負債=純資産(株主価値)
資産から負債を差し引いた金額が純資産となり、その金額が株主価値になります。計算に必要な数値は全て貸借対照表から得られるため、複雑な計算を必要としない点が特徴です。
貸借対照表の活用方法
貸借対照表は、前述したように純資産を算出するために使用します。ただし、単純に貸借対照表の数値をそのまま用いるだけでなく、各項目の内容を精査することが大切です。
例えば、回収が困難な売掛金がある場合は資産額から控除したり、簿外債務がある場合は負債額に加算したりしましょう。
簿外債務とは、貸借対照表に計上されていない債務のことで、未払残業代や、保証債務などが当てはまります。
詳細な計算例と解説
ここからは、架空の企業A社の貸借対照表を例に、簿価純資産法の計算方法を見てみましょう。計算例は以下の通りです。
A社の貸借対照表(単位:百万円)
資産 現金預金 100 売掛金 200 棚卸資産 150 固定資産 550
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負債 買掛金 150 短期借入金 200 長期借入金 300 負債合計 650 |
純資産 資本金 200 利益剰余金 150 純資産合計 350 |
この貸借対照表を基に、簿価純資産法による純資産(株主価値)を算出します。
1,000百万円(資産合計)-650百万円(負債合計)=350百万(純資産(株主価値))
簿価純資産法のメリット
M&Aの際に、簿価純資産法を採用するメリットは、客観性が高いこと、計算が容易で理解しやすいことなどが挙げられます。
以下では、それぞれのメリットについて詳しくご紹介します。
客観性が高い
企業買収額の算定に、簿価純資産法を活用するメリットの一つに、客観性の高さが挙げられます。
貸借対照表という公式な財務諸表を基にしているため客観性が高く、誰が計算しても同じ結果になります。
また、恣意的な操作が入りにくく、評価結果の信頼性が高いのも特徴です。
計算が容易で理解しやすい
計算が簡単で理解しやすいというメリットもあります。資産から負債を引くだけで純資産を計算できるため、複雑な計算を必要とせず、短時間で企業価値の算出が可能です。
経営者自身が自社の概算価値を把握したい場合や、M&Aの初期段階で大まかな価値の目安を知りたい場合などに、簡単に算出できます。
資産価値を明確に反映できる
簿価純資産法は、企業が保有する資産の価値を直接的に反映するため、資産集約型の企業や清算価値を重視する場合に適しています。特に、不動産や有価証券などの資産を多く保有する企業の評価に適しており、企業価値の最低額を示す指標として有用です。
例えば、不動産賃貸業や投資会社など、資産の保有自体が事業の中心となっているような企業の評価には、簿価純資産法が適しています。これらの企業では、保有資産の価値が企業価値の大部分を占めるため、簿価純資産法で評価することで実態を正確に反映できます。
また、事業継続が困難になった企業の評価など、清算価値を重視する場合にも簿価純資産法は有効です。企業が所持する資産を全て売却して、負債を全額返済した場合の残余価値を示すため、最低限の企業価値を把握する上で重要な指標となります。
簿価純資産法のデメリット
簿価純資産法には、計算がしやすいなどのメリットがある一方で、時価と乖離する場合があることや、企業の将来性を反映できないなどのデメリットもあります。
以下でそれぞれのデメリットと、その対応方法を説明します。
時価と乖離する場合がある
簿価純資産法のデメリットは、資産や負債の帳簿価額(簿価)が実際の市場価値と乖離する可能性がある点です。
簿価純資産法では、帳簿上の価格を基準に企業価値を算出するため、時価と差額が発生することがあります。もし時価と大幅にズレている場合は、算出額を適用できないため、一部の資産や負債を時価へ修正しなければなりません。
企業の将来性が反映できない
企業の将来の収益性や成長性を考慮しないため、収益力を適切に評価できないというデメリットがあります。
特にベンチャー企業など、会社創設からあまり長くない企業では、将来の成長性や収益性を見積もることは非常に難しいです。そのため、非上場企業のM&Aでは簿価純資産法ではなく、時価純資産法を採用するのが良いでしょう。
時価純資産法については次の章で説明します。
無形資産の評価が困難
ブランド価値、技術力、顧客基盤などの無形資産が企業価値に反映されないという点も、簿価純資産法の課題です。これらの無形資産は企業価値に大きく寄与しますが、通常は貸借対照表に計上されないため、企業価値を過小評価してしまう可能性があります。
例えば、強力なブランド力を持つ企業や、革新的な技術を有する企業、豊富な顧客基盤を持つ企業などは、簿価純資産法では適切に評価できません。
このような場合は、DCF法や類似会社比較法など、他の評価方法を併用することで、企業価値をより適切に評価できます。
簿価純資産法と時価純資産法の違い
簿価純資産法と時価純資産法は、評価基準や専門知識の有無、コストなどに違いがあります。
それぞれの違いを知り、自社に合った企業評価方法を選択してください。
主な違いと特徴
時価純資産法もM&Aの際に企業価値を評価する方法の一つです。主に成熟期から衰退期にある中小企業を評価する際に用いられます。
簿価純資産法と時価純資産法の主な違いは、資産や負債の評価基準です。簿価純資産法は帳簿価格を基準とし、時価純資産法は時価(市場価値)を基準とします。
時価純資産法は、資産や負債を現在の市場価値に基づいて再評価するため、より実態に即した企業価値を算出できます。しかし、評価には専門的な知識や時間が必要となります。
それぞれの適用シーン
簿価純資産法は計算が容易で専門知識も不要なため、企業評価にコストをかけられない零細中小企業のM&Aなどで活用されます。
一方、時価純資産法は、企業評価に一定のコストをかけられる、成熟期以上の中小企業に適した評価方法です。簿価純資産法と比較して、時価に合った企業評価を算出できますが、専門知識が必要なため、時間とお金のコストがかかります。
評価方法に決まりはないため、両方を併用して企業価値を判断することも可能です。
M&Aにおける簿価純資産法の活用
簿価純資産をM&Aで活用する際は、計算のしやすさを活かしましょう。また、簿価純資産法では算出できない企業の成長性や収益性は、DCF法などで補えます。役割や併用方法を知り、簿価純資産法を有効に活用しましょう。
買収価格算定での役割
M&Aにおいて簿価純資産法は、企業の最低限の価値を示す指標として活用されます。算出された企業の売買価格は、買収側にとっては希望買い取り価格、売却側にとっては最低販売価格として機能し、両者の希望価格を形成する役割があります。
簿価純資産法による評価額は、企業が保有する資産から負債を差し引いた純資産額を表すため、理論上はその企業を清算した際に得られる最低限の価値と考えて良いでしょう。そのため、M&A交渉では、この価値を下回る買収提案は受け入れられにくくなる傾向にあります。
他の評価手法との併用方法
簿価純資産法は、DCF法や類似会社比較法と組み合わせて総合的に企業価値を評価できます。
DCF法は、成長性・収益性を評価できる計算方法です。類似会社比較法は、対象企業と事業規模、収益性・業種などが似ている企業をいくつか選定し、それらの企業を財務分析したうえで、企業評価額を決定します。
簿価純資産法の評価額を下限値、DCF法の評価額を上限値として、適切な買収価格の範囲を設定できます。また、企業の成長性や収益性を評価したい場合は、簡単な計算方法の簿価純資産法で企業評価額を算出した後、DCF法で成長性などの評価も可能です。
簿価純資産法を正しく理解して企業価値評価に活かそう
企業価値評価方法の一つである簿価純資産法は、企業価値評価に時間やお金など、コストをかけるのが難しい零細中小企業に適した評価方法です。計算方法が簡単で、客観性が高いという利点があります。
しかし、資産や負債が時価額と差がある場合、算出額が時価と乖離することがあることや、企業の実態を完全に反映できないなどの課題もあります。
ほかの評価方法とも併用して企業評価額を計算することで、より正確な評価額を算出できるでしょう。時間やコストに余裕のある企業は、簿価純資産法との併用を検討してみてください。