ハラスメントの定義とは? リスクや防止策を分かりやすく解説
この記事では、まずハラスメントの定義から典型的な種類、発生によって企業が被るリスクや法的責任について、詳しく解説します。
また、厚生労働省がセクシャルハラスメントを予防するため、事業主に求めている指針についても、重要な部分を抽出して紹介します。
ハラスメントの定義
そもそもハラスメント(harassment)とは、「他者に対する嫌がらせ」などの迷惑行為を広く意味する言葉です。相手が不快に感じれば、ハラスメントに該当する可能性があります。
ハラスメント行為には、相手方に対する直接的な言動による嫌がらせだけではなく、「身体的・精神的苦痛を与えるような行為」や「意図的に人間関係を阻害するような行為」なども含まれ得ることに注意してください。
厚生労働省の公表によると、都道府県労働局等に設置されている総合労働相談コーナーには、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数が多く寄せられています。またその件数は年々増加し、2019年には過去最高の87570件に上りました。また、セクシャルハラスメント(セクハラ)や、妊娠・出産を機に発生するマタニティハラスメント(マタハラ)の件数も増えています。
(参照元:https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/)
典型的なハラスメントの種類
ハラスメントには多くの種類があります。中でも典型的なハラスメントについては、しっかり理解しておきましょう。
パワーハラスメント
職場での典型的なハラスメントとしては、「パワハラ」が挙げられます。パワハラとは、パワーハラスメントの略称で、厚生労働省の「あかるい職場応援団」サイトによると、以下のように定義されています。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすもの
をいいます。
(引用元:あかるい職場応援団 ハラスメントの定義)
この定義における「労働者」とは、正社員に限らず、事業主が雇用する全ての従業員のことです。
また、「優越的な関係」は上司から部下に対するものだけに限りません。例えば、部下がベテランで、業務上必要な知識や経験が豊富であり、円滑な業務遂行のためには部下の力が不可欠な場合には、部下によるパワハラも考えられるのです。
また「必要かつ相当な範囲」に決まった定義はなく、その言動が行われた経緯や目的、当該行為の回数や態様などにより、総合的に判断されます。通常は社会通念上、「明らかに必要性があるかどうか」又は「相当な態度かどうか」が焦点になります。
しかし、従業員が注意を受けたことで不快に感じれば、行為の全てがパワハラに該当するとは限りません。
つまり、「客観的に、業務上必要とされる指導」などは、職場でのパワハラに当たらないこともあります。逆に従業員側に問題行動があったとしても、明らかに行き過ぎた叱責や指導、人格を否定するような言動が行われれば、パワハラとなる可能性があるのです。
3つ目の要素である「就業環境が害されている」については、「平均的な労働者の感じ方を基準として、当該労働者が就業する上で看過できないような支障が生じる(例えば、当該労働者の業務続行が不可能になるほどのダメージを受けるかなど)かどうか」が判断のポイントになります。そのため、たった1回だけの行為について、パワハラと認定されることもあります。
セクシャルハラスメント
セクシャルハラスメントは、いわゆる「セクハラ」と呼ばわれるハラスメントの一種です。職場で従業員が、「性的な冗談を言われる」「性的な関係を迫られる」などによって不快な思いをしたり、不当な扱いを受けたりすることが例として挙げられます。
2019年に都道府県労働局へ寄せられた相談件数は、セクシュアルハラスメントに関する相談は7323件と、非常に多くなっています。
(参照元:https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/)
オフィスに限らず、「業務時間内の出張」「業務終了後の従業員同士の飲み会」なども職場とみなされます。パワハラと同様、「事業主が雇用している全従業員」が行為者・被害者になり得ること、また、同性に対する言動もセクハラになることに注意しましょう。
マタニティハラスメント
マタニティハラスメントは、女性が職場で、妊娠や出産を機に精神的・肉体的な嫌がらせを受けるハラスメントのことで、「マタハラ」とも呼ばれます。
男女雇用機会均等法や育児・介護休業法は、妊娠や出産をきっかけに降格や解雇、自主退職などを強要することは、「不利益取り扱い」として企業に禁じています。
ただ、妊娠や出産における各種制度を利用する女性に対し、業務上必要な範囲で変更のお願いをしたり、体調を第一に考え、仕事を休むよう検討を促したりすることは問題ありません。
それでも、2019年、都道府県労働局での相談件数では、セクシュアルハラスメントに関する相談に次いで、「妊娠・出産等を理由としたハラスメントについての相談」が2131件寄せられました。
「婚姻や妊娠、出産を理由とする不利益扱い」の件数も4769件と、依然多い状態となっています。
(参照元:https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/)
アルコールハラスメント
アルコール(飲酒)に関する嫌がらせなどを総称して「アルコールハラスメント(アルハラ)」といいます。
例えば、上下関係を利用したり集団ではやしたてたりして、特定の従業員に飲酒を強要するシーンが考えられるでしょう。
ほかにも、一気飲みをさせたり、わざと酔い潰れさせたりすることなどが挙げられます。これらは命まで脅かしかねないため、重大な犯罪行為になる可能性があります。
モラルハラスメント
「モラルハラスメント」とは、常識・倫理(モラル)に反した嫌がらせの総称をいい、モラルを逸脱した言葉・態度・身振りなどによって行われます。「被害者の身体に直接危害を及ぼさないように遂行される」という点が特徴です。
略して「モラハラ」とも呼ばれます。前述したパワハラは職場での優越的な関係性を利用した嫌がらせですが、モラハラは優越的な関係性を利用した言動に限りません。
例えば、近年は、配偶者からのモラハラ件数も増えています。育児や家事をしている妻に対し、夫が見下した態度を取ったり、否定的な発言をしたりして精神的に追い詰めた場合、モラハラに問われます。
ハラスメントによるリスク
では、ハラスメントが発生することで、当事者や事業主にはどのような悪影響が及ぼされるのでしょうか。
精神的・身体的な悪影響の発生
ハラスメントの被害者は、人間関係が悪化し職場に居づらくなり、成果や労働条件に悪影響が出てしまうと考えられます。また精神的・身体的な不調を来せば、医師の診察を受けなくてはならなくなるおそれもあるでしょう。
一般に企業(事業主)には、「従業員たちが快適に働ける職場環境」をつくることが求められます。
ハラスメント発生で重大な環境悪化に陥る前に、「被害者が相談できる窓口を設ける」などの対策を講じなくてはなりません。なお、セクハラやマタハラについては、厚労省の防止指針で事業主が講ずべき措置として相談窓口の設置が明記されています
企業イメージの低下
現代社会では、テレビのみならず、インターネット上におけるSNSなどにより、またたく間に情報が拡散されます。そして今日、モラル遵守やハラスメント予防への社会的関心は、非常に高くなっています。
こうした状況で、「ハラスメントを放置するブラック企業」といった情報があっという間に拡散されれば、企業イメージの損失は計り知れません。その結果として、優秀な人材流出や、新たな人材採用が困難になるリスクさえ生じるでしょう。また、株価にも悪影響が生じ得ます。
そのため、まずは「ハラスメントが起きないように、ハラスメント禁止の周知や啓発、これに対する事業主の方針や対処内容の明確化、ハラスメントを把握するための制度の導入など、ハラスメント行為を防止するための環境を整えること」が重要です。
そして、万が一発生してしまった場合は、「できる限り迅速かつ適切に対応し、企業価値を守ることに注力する」必要があります。
職場環境の悪化による生産性の低下
ハラスメントの生じている職場・部署では、従業員たちのエンゲージメントやモチベーションが低下しやすくなります。その結果、業務時間が増え、ミスの確率も高くなるなど、仕事が非効率化することが想定されるでしょう。
当事者以外のメンバーにも、こうした悪影響が及ぶため、職場全体の業務効率も低下しかねません。また、こうした環境で休職者が多く出るようになると、一部の従業員に業務負担が偏ってしまいます。結果、心身のバランスを崩す従業員がさらに増え、職場全体の生産性低下も一層低下していくことになります。
このような負のスパイラルを回避するためにも、ハラスメントの予防や早期発見が大切です。「ミスが増えている」など、普段と異なるサインを見逃さないようにしましょう。
ハラスメントのレベル
ハラスメントと一口で言っても、その程度には差があり、例えば以下のような複数のレベルに分けることができるでしょう。
まず、もっとも広義での意味としては、「受けた者が不快に感じる」というレベルです。
これらは、あくまで受けた側の主観をベースに考えられているため、企業側から「行為者たちに中止を命じる」などの強力な業務命令は発せられないのが通例です。
続いて「雇用管理上の問題となるハラスメント」があります。これは、法的責任を追及することはできない行為について、行為を受けた側が嫌がっているにもかかわらず、同様の行為が繰り返されているような場合が想定されます。
この場合には、ケースに応じて企業側から行為者に対して、対処されるか検討されることが多いと思われます。
次が「法的に問題となるハラスメント」というレベルです。これは、具体的に平均的な労働者の感じ方を基準に行為を評価した際に、ハラスメントに該当すると考えられるレベルです。
この場合、行為者や企業は、不法行為責任や使用者責任、男女雇用機会均等法違反などの法的責任を問われ得ます。
ハラスメントに関する法的責任は多岐に渡ります。
例えば、企業(事業主)は「不法行為責任(使用者責任を含みます。)」に問われます。
また、企業(事業主)は、契約上の安全配慮義務(特に職場環境配慮義務)を果たしていないとみなされれば、「債務不履行責任」を問われるおそれもあります。これらの責任に違反した場合には、損害賠償義務が発生し得ます。
もちろん、行為者(加害者)にも、法的責任が生じます。民事責任としては、不法行為による損害賠償責任を負い行為の内容や程度によっては、名誉毀損・脅迫罪・暴行罪など多種の刑事罰を科せられるリスクもあります。
ハラスメントの法的責任の一例
企業(使用者)側が負う可能性のある従業員のハラスメントに関する法的責任について、代表的なものを具体的に見てみましょう。
使用者責任
「使用者責任」とはその名の通り、従業員が不法行為をし、第三者が被害を受けた場合、「使用者である企業にも損害賠償責任が発生する」という、不法行為責任のひとつです。
前提として、加害者が不法行為によって被害者へ損害を与えた場合、加害者には「被害者の損害を賠償する義務」が生じ、被害者は「加害者に対して損害賠償を請求する権利」を有します。
そして、加害者がハラスメント行為を行った場合などでは、加害者のみならず、「加害者の使用者(企業)」も使用者としての責任に問われる可能性があるのです。これが使用者責任です。
不法行為責任
民法第709条には、「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」(※)と規定されています。
この「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害」することを「不法行為」と呼びます。この不法行為が認められれば、加害者は被害者に対し、金銭での損害賠償義務を負うのです。
そのため、特定のハラスメント行為が「企業(使用者)自体による行為」だと判断される場合には、企業にも不法行為責任が生じます。例えば、零細企業の代表者が従業員に対してハラスメントを行っていた場合です。
※第七百九条
債務不履行責任
不法行為責任のほかに損害賠償請求される可能性があるのは、民法第415条の「債務不履行責任」です。
これは、契約などで相手方に対し債務を負う人が、その債務を履行していないことで、損害を与えた場合には、金銭による損害賠償の義務が発生すること(※)を指します。
企業には「従業員を安全な環境で働かせる義務」があります。したがって、ハラスメントに対し正しく対処できなければ、労働契約上での職場環境配慮義務や安全配慮義務違反になる可能性があるのです。
その結果、事業主は債務不履行により、損害賠償請求される可能性が生じます。
※第四百十五条
厚生労働省が推奨するハラスメントの防止策
前述したように、ハラスメント発生は重大な法的責任につながるおそれもはらんでいるため、「発生させないこと・発生したら早期に対応すること」が非常に重要です。そうした予防策・対応策を立てるための参考として、厚生労働省が公表している資料から、セクシャルハラスメント予防のための指針を紹介します。
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/danjokintou/dl/120120_06.pdf
事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
「職場におけるハラスメントとは何か」という定義から、禁止する方針、実際に発生した場合の処分内容まで、明確化することです。また、管理者を含め全従業員へ周知し、啓発活動を行うことなども大切です。
相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備
事前に相談窓口を設け、同時に、適切な対処を行えるよう社内外の体制を整備します。
基本的には、「全従業員が実際に利用しやすい体制の構築」を目指さなくてはなりません。
例えば、窓口での対面相談以外に、電話・メール・チャットなどの複数チャンネルでも対応可能にする、などの工夫を実施します。
職場におけるハラスメントへの、迅速かつ適切な事後対応
設置した相談窓口などを通して、従業員からハラスメントの相談を受けた場合、企業側は早急に対処しなくてはなりません。その事案について詳細を確認したり、ヒアリングしたりして、事実関係を迅速に把握し、適切に対処します。
対処後には、再発防止策の強化などを検討する必要もあるでしょう。
上記の措置と併せて講ずべき措置
セクシャルハラスメントの特性上、当事者や周囲の人のプライバシーが最大限守られるように措置を講じるとともに、その方針について周知することが重要です。
加えて、「被害者から相談を受け、ハラスメント解決に向けて協力した従業員」なども、不当に扱ってはならない旨を明確化し、周知します。このように、被害者やその周囲の人たちが、ハラスメントを報告しやすい環境を整えます。
全社一丸となり取り組むことで、ハラスメントの予防効果が高まるため、全従業員に認知を広げましょう。
職場でハラスメントが起きてしまうと、部署全体の生産性低下・業績悪化を招く恐れがあります。加えて、行為者だけではなく、企業も民事・刑事責任を問われます。こうした阻害を防ぐためには、有効な対策について理解した上で、着実に取り組むことが重要です。
まとめ
事業主には職場でのハラスメントを予防するとともに、発生した場合にも適切な処置をすることが求められています。
対処を怠れば、企業イメージが低下したり、法的責任を負ったりするおそれも生じます。
厚生労働省の指針や弁護士や社労士などの専門家などの意見を参考に、適切な対策を実践していきましょう。