従業員の勤務時間虚偽申告|会社の適切な対応と法的リスク
勤務時間虚偽申告とは、従業員が実際の勤務時間と異なる時間を意図的に報告する行為のことです。 これにより、会社に財務的損失をもたらすだけでなく、職場の信頼関係を崩す大きな問題となり得ます。
本記事では、勤務時間虚偽申告に対する会社の適切な対応方法と、それに伴う法的リスクについて詳しく解説します。
経営者や人事担当者の方々は、この問題への理解を深め、適切な対策を講じるための参考としてください。
勤務時間虚偽申告は何の罪にあたるのか
勤務時間虚偽申告は、単なる就業規則違反にとどまらず、法律違反にも該当する可能性があります。
ここでは、勤務時間虚偽申告がどのような法的問題を引き起こすのか、労働基準法や刑法、民法の観点から詳しく見ていきましょう。
企業として、これらの法的リスクを十分に理解し、適切な対応を取っていくことが求められます。
労働基準法上の問題|虚偽申告の扱い
働き方改革により、2019年から従業員の「労働時間の客観的な把握」が義務化されました。
会社が従業員の労働時間を適切に把握し管理するのは当然のことですが、義務化により「タイムカード記録」や「パソコンのログイン・ログアウト記録」などを基に客観的な方法で労働時間を把握しなければならなくなりました。
また、労働基準法第24条では賃金は通貨で直接その全額を支払う必要があるとされています。虚偽申告によって労働時間が過少に記録された場合、実際の労働時間に対する適正な賃金支払いがなされていないとみなされるリスクもあります。
虚偽申告が発覚した場合、会社は労働基準監督署からの是正勧告の対象となるため、注意が必要です。
刑法上の問題|詐欺罪との関連性
悪質な勤務時間の虚偽申告は、刑法上の詐欺罪に該当する可能性があります。 例えば、意図的に虚偽の勤務時間を申告して不正に金銭を得ようとする行為は、詐欺罪として刑事罰の対象となり得るのです。
詐欺罪について、 刑法第246条では「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」と定めています。
勤務時間の虚偽申告を行い、実際には働いていない時間分の賃金を受け取る行為は、会社を欺いて財物(賃金)を交付させる行為と解釈される可能性があります。
特に、長期間にわたって意図的に虚偽申告を続けていた場合や、多額の不正取得があった場合には、詐欺罪に問われるリスクが高くなるでしょう。
虚偽申告は、従業員が刑事罰を受けるリスクがあるだけでなく、企業の社会的信用の失墜にもつながります。
民法上の問題|不当利得返還請求権
虚偽申告による過払い賃金は、民法上の不当利得として、会社側が従業員に対し返還請求を行うことが可能です。
民法第703条では、「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う」と規定されています。
勤務時間の虚偽申告によって得た過払い賃金は、この「法律上の原因なく得た利益」に該当します。
不当利益返還請求権は10年と時効が定められているため、虚偽申告が発覚したらすぐに対処しましょう。
勤務時間虚偽申告に対して会社が取るべき対応
勤務時間虚偽申告が発覚した場合、会社は適切かつ迅速な対応を取る必要があります。
ここでは、虚偽申告発覚時の初期対応や処分に至るまでの一連の流れについて解説します。適切な対応を理解しておくことで、問題の早期解決と再発防止につながるだけでなく、会社の法的リスクを最小限に抑えてくれるでしょう。
虚偽申告発覚時の初期対応
虚偽申告が発覚したら、会社は冷静に事実確認を行い、客観的な証拠を収集する必要があります。この際に感情的な対応は避け、組織的かつ計画的に対応することが大切です。
発覚後は関係部署や上司と対応チームを編集し、情報を共有します。チームメンバーは、人事部門や法務部門の担当者、該当従業員の直属の上司などで構成するのが適切でしょう。
初期段階で外部の専門家(弁護士や社会保険労務士など)に相談することも、今後のスムーズな対応をする上で積極的に検討すべきです。
事実確認と証拠収集
虚偽申告の立証には、監視カメラやPCログなどの客観的な証拠が必要です。決定的な証拠がないまま従業員に事実確認を行ってしまうと、言い訳や言い逃れを許すリスクを伴うためです。
また、適切な証拠がないことで、後の法的手続きや労使交渉において不利な立場に立たされる可能性もあります。
証拠収集の方法としては、勤怠管理システムのログ分析、入退室記録の確認、監視カメラ映像の確認、PCの使用ログの分析、同僚や上司からの聞き取りなどがあります。
従業員のプライバシーに配慮し、就業規則や労使協定に基づいて適切に行うことが重要です。
従業員との面談と是正指導
会社側は、虚偽申告をした従業員と直接面談を行います。面談では、虚偽申告の理由を聞き取り、問題の根本的な原因や解決策を探ります。
その際、従業員の本音を引き出すために、言い分をしっかりと聞きながら、客観的な事実と証拠に基づいて話を進めるよう心がけましょう。
もし、会社側が当人に改善の機会を与えるのであれば、虚偽申告の理由や背景をきちんと理解した上で、従業員に会社の規則や法令遵守の重要性を伝えます。
また、面談の内容は必ず記録し、従業員にも内容を確認してもらいます。相互で事実を確認し合い、今後起こりうるリスクを回避していきましょう。
懲戒処分の検討と適用
虚偽申告が発覚したら、虚偽申告の程度や頻度に応じて迅速に適切な懲戒処分を検討し適用する必要があります。
主な処分方法は次の通りです。
- 口頭注意
- 戒告
- 減給
- 出勤停止
- 降格・降職
- 懲戒解雇
懲戒処分は就業規則に基づいて行わなければなりません。就業規則に記載されていない事項で懲戒処分を行うことは禁じられています。
また、虚偽申告の悪質性や会社への影響度などを踏まえて総合的に判断し処分を決定します。過去の類似事例での処分内容との均衡も考慮が必要です。
勤務時間虚偽申告における懲戒処分の種類と判断基準
勤務時間虚偽申告に対する懲戒処分は、その程度や状況に応じて適切に判断します。
ここでは、懲戒解雇までの段階的な対応や、処分に至るまでの判断要素などについて詳しく説明します。
過去の判例についても紹介しているので、会社としての具体的な対策づくりの参考にしてください。
戒告から懲戒解雇までの段階的対応
虚偽申告への懲戒処分は、軽微な場合に行われる戒告(厳重注意)から、懲戒解雇まで段階的に検討すべきです。
例えば、懲戒解雇の処分を下すまでには、以下のような段階的な対応を取ります。
- 口頭注意
- 戒告
- 減給
- 出勤停止
- 懲戒解雇
段階的に対応していくことで、従業員の理解を得ながら進めやすくなります。処分決定前に従業員に弁明の機会を与える、処分理由を丁寧に説明するなどの対応が重要です。
また、処分を適用する際は、就業規則に明確な規定があることが前提となるため、会社側として対策を講じておくことも検討しましょう。
処分の妥当性を判断する要素
懲戒処分の妥当性は、多方面から総合的に判断します。
例えば、処分の妥当性を判断するために、主には以下のような要素が挙げられます。
- 虚偽申告の動機(金銭的利益目的か、単なる怠慢か)
- 期間(一時的か、長期間にわたるものか)
- 不正取得金額の大きさ
- 従業員の反省の度合い
- 過去の従業員の勤務態度や業績
- 会社の信用や業務への影響度
これらの要素を参考にしながら総合的に考慮し、適切な処分を決定しましょう。
過去の判例から学ぶ適切な処分
適切な懲戒処分の決定には、類似の虚偽申告事案に関する過去の裁判所の判断基準を参考にするとよいでしょう。
例えば、過去の判例では、虚偽申告の悪質性や継続性、会社の損害の程度、従業員の反省の態度などが重視される傾向が強いです。
特に、長期間にわたる意図的な虚偽申告や多額の不正取得があった場合は懲戒解雇が認められやすい傾向にあります。
一方で、会社の勤怠管理体制に問題があった場合や、従業員に明確な悪意が認められない場合は、懲戒解雇が無効とされる可能性が高くなります。
裁判所の判断基準を理解しておくことで、法的リスクを最小限に抑えた適切な処分を行うことができるでしょう。
勤務時間虚偽申告による過払い賃金の返還請求
勤務時間虚偽申告によって過払いが認められた場合、会社側は従業員に賃金の返還を求めることが可能です。また、返還請求は、会社の損失を回収するだけでなく、従業員の規律維持にも効果があります。
ここでは、返還請求における手続きや対処法、注意点について紹介していきます。
返還請求について理解を深めておくことで、適切なタイミングでスムーズな対応が可能となるでしょう。
返還請求の法的根拠
虚偽申告による過払い賃金の返還請求は、民法上の不当利得返還請求権に基づいて行います。これにより、会社は、虚偽申告で不当に支払った賃金について、法的な根拠を持って返還を求めることが可能です。
例えば、民法第703条では、法律上の原因なく利益を得た者は、その利益を返還する義務があると規定されています。
虚偽申告による過払い賃金は、この「法律上の原因なく得た利益」に該当するため、会社は従業員に対して不当利得の返還請求ができます。
返還請求への対応と注意点
過払い賃金の返還請求は書面で通知し、分割払いなど従業員の状況に配慮しながら対応していくことが重要です。
返還請求の手続きとしては、まず従業員に対して過払いの事実と金額を書面で通知し、返還方法について協議します。
その際、従業員の経済状況を考慮し、一括払いが困難な場合は分割払いを提案するなど、柔軟に対応するといいでしょう。
同意なしに給与から一方的に天引きすると、法律違反になります。返還請求は当然の権利ですが、労使の同意なしの給与控除は労働基準法で禁止されているからです。
双方で事実確認と返金方法や返金額について合意したら、合意内容をまとめた合意書を作成します。お互いに納得し返金されれば、これで手続きは完了です。
従業員が返還に応じない場合の対処法
従業員が返還に応じなかったり、交渉が不成立となったりした場合は、労働審判や民事訴訟などの法的手段を検討しましょう。
ただし訴訟には多くのコストがかかるため、会社は法的手続きを検討しつつ、従業員への返還請求を継続しましょう。
まずは、従業員との話し合いを重ね、返還の必要性を丁寧に説明してください。それでも応じない場合は、弁護士に相談し、内容証明郵便の送付や調停の申し立てなどの対応を行います。
また、法的手段に訴える場合は、訴訟コストだけでなく職場の雰囲気への影響なども考慮して判断することが重要です。
勤務時間虚偽申告を防ぐための対策
勤務時間虚偽申告が発生すると、会社に損害が生じ対応にも時間と労力がかかります。そのため、勤務時間の虚偽申告を未然に防ぐような対策が必要です。
ここでは、以下のように勤務時間虚偽申告を防ぐための具体的な対策について解説します。
- 適切な勤怠管理システムの導入
- 従業員教育と意識改革の重要性
- 労務管理体制の見直しと改善
これらの対策を適切に実施することで、虚偽申告のリスクを低減することが可能です。
適切な勤怠管理システムの導入
勤怠管理システムを導入することで、虚偽申告を防げる可能性があります。
例えばICカードや生体認証など、不正が困難な打刻システムを導入することで、虚偽申告を防ぎやすくなるでしょう。
また、最新の勤怠管理システムでは、リアルタイムで勤務状況を把握できる機能や、異常な勤務パターンを自動で検知する機能など、虚偽申告の防止に効果的な機能が搭載されています。
さらに、クラウド型のシステムを導入すれば、テレワーク時の勤怠管理も正確に行えます。
ほかにも、システムの導入により、勤怠管理の精度が向上し、労務管理の効率化も可能になるため、一度検討してみてもいいでしょう。
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勤怠管理システムの導入手順|失敗しないためのポイントを紹介従業員教育と意識改革の重要性
虚偽申告に対する定期的な研修やコンプライアンス教育を実施することで、従業員の意識改革をします。
虚偽申告についての法的リスクや倫理的問題について、従業員の理解を深めておくことは、トラブルの未然防止につながるでしょう。
例えば、研修会などで労働法規の基礎知識や会社の就業規則の内容、虚偽申告が発覚した場合の懲戒処分の内容などを説明します。ケーススタディを用いて、どのような行為が虚偽申告に該当するのかを分かりやすく解説することも効果的です。
従業員が虚偽申告における具体的なリスクを想定することで、未然に防止できる可能性が高まります。
労務管理体制の見直しと改善
会社の労務管理体制を見直すことで、虚偽申告の防止につながることも考えられます。
例えば、過重労働を防止する取り組みを積極的に行うことで、虚偽申告が発生するような環境が生まれにくくなります。
具体的対策は次の通りです。
- 業務プロセスの見直しや効率化
- 適切な人員配置
- フレックスタイム制や裁量労働制の導入
- 上司と部下のコミュニケーションの活性化
上記のように、適正な人員配置や業務量の調整を行い労働環境の改善を図ることが、虚偽申告の根本的な原因解決につながります。
また、業務の進捗状況や労働時間について定期的に確認し合う仕組みも防止対策として役立つでしょう。
適切な対応と予防で勤務時間虚偽申告のリスクを最小限に抑えよう
勤務時間虚偽申告のリスクを最小限に抑えるには、法令遵守の徹底と、従業員と会社との信頼関係構築が不可欠です。
適切な労務管理システムの導入や従業員教育、公正な職場環境の整備を通じて、虚偽申告のない健全な職場作りを実現することが重要です。
会社側は、勤務時間の正確な記録と管理、適切な賃金支払い、労働時間の適正化などに積極的に取り組む必要があります。
これらの取り組みを通じて、法的リスクを回避しつつ、生産性の高い職場環境を実現しましょう。