インサイダー取引は退職後も適用される? 関連する重要事実や購入時の注意点を解説
インサイダー取引は、会社に雇用されている時だけではなく、退職後にも適用されます。
違反した場合は刑事罰や課徴金の制裁があるため、元の勤務先の株を売買する時は注意しなければなりません。
今回は、インサイダー取引に該当するかを左右する重要事実の種類や、退職した会社の株を購入する時に注意すべき点について解説します。
株式の取引をされる方は、ぜひ参考にしてください。
退職後の取引はインサイダーに該当するのか
上場会社等に勤務している方は、在職期間中はもちろん、退職後1年(会社関係者の場合)または6ヶ月(公開買付等関係者の場合)を経過するまで、インサイダー取引規制の対象です。
たとえば、退職直前に勤務先の「重要事実」(株価の下落予想など)を知って、退職直後に元勤務先の株式を売却した場合、インサイダー取引が成立します。
そのため、「退職後1年間は元勤務先の株式を取得したり売却しない方がいい」と言われることがあります。
しかし、インサイダー取引の要件に該当しない限り、インサイダー取引が成立することはありません。
インサイダー取引の成立要件は、主に下記の5つに分けられます。
- 内部者が
- 内部情報を
- その職務等に関して知り
- 情報の公表前に
- 株式等の取引を行う
退職後1年以内の方は1.に含まれますが、他の要件に該当しない(例:重要事実がすでに公表されおり、4.を満たさない)場合はインサイダー取引は成立しません。
インサイダー取引に該当する対象者
では、インサイダー取引の成立要件に該当する内部関係者はどのような人が対象となるのでしょうか。以下に挙げる方は「会社関係者」として、内部関係者に該当します。
注意すべき点として、会社関係者ではなくなってから1年以内の方についても同様に、内部者に該当すると定められている点です(金商法166条1項)。
1.上場会社等の役員等
最も典型的な内部者(インサイダー)です。会社の役員だけでなく、従業員である正社員やアルバイト、パート職員も含まれます。
たとえば、アルバイトで1カ月だけ経理の仕事をした方であっても、勤務期間中に会社の重要事実を知った場合、退職後1年以内はインサイダー取引規制が及びます。
2.上場会社等に対して会計帳簿閲覧請求権を有する株主
役員や従業員だけでなく、株主も内部者に該当します。
ただし、一定以上の議決権や株式数を有しており、会社の内部情報にアクセスできる株主に限られています(会社法433条)。
このような株主も、議決権等を失ってから1年以内はインサイダー取引規制が及びます。
3.上場会社等に対して法令に基づく権限を有する者
監督官庁の公務員などが該当します。
4.上場会社等と契約を締結している者又は締結交渉中の者
上場会社と取引関係にある会社の役員や従業員も内部者に該当します。
取引を行う中で、取引先企業の内部情報を知ることができる立場にあるためです。
取引関係が終了してから1年以内はインサイダー取引規制が及びます。
その他、以上の方から情報の伝達を受けた方(情報受領者)についても、インサイダー取引規制が及びます(金商法166条3項)。
たとえば、会社を退職して1年以内の方から、飲み会の席でその会社の重要事実を伝えられた場合、当該事実の公表前にその会社の株式を売買すれば、インサイダー取引が成立します。
さらに、公開買付(TOB)が行われる時、公開買付をしようとする会社の役員や従業員などが、公開買付に関する情報を知って株式等の取引をした場合もインサイダー取引に該当するおそれがあります(金商法167条)。
公開買付に関する情報を知った時は、一度立ち止まってインサイダー取引に該当しないか、慎重に判断しましょう。
退職後の取引がインサイダー取引に該当するか左右する重要事実について
ここからは、インサイダー取引に該当するか左右する重要事実の種類について、それぞれ解説します。
1.会社が決定したもの
いわゆる「決定事実」と呼ばれるものです(金商法166条2項1号)。
たとえば、会社が株式を発行する決定をしたことや剰余金の配当をする決定をしたこと、合併の決定をしたことなどが条文で挙げられています。
これらの決定は、通常株価に影響を及ぼすため、その公表前に取引を行うことはインサイダー取引として規制されています。
ただ、投資判断に与える影響が軽微なものについては、「重要事実」に該当しません。
剰余金の配当の場合、前年同期比で増減額が20%未満の場合は、「重要事実」ではないとされています(取引規制府令49条4号)。
このような細かい基準は、いわゆる軽微基準と呼ばれており、内閣府令(取引規制府令)に列挙されています。
2.事実が発生したもの
いわゆる「発生事実」と呼ばれるものです(金商法166条2項2号)。
たとえば、災害によって損害が発生したことや訴訟を提起されたことなどが含まれます。
これらも投資判断に与える影響が軽微なものは、軽微基準で除外されています。
3.会社の決算情報に関するもの
いわゆる「決算情報」と呼ばれるものです(金商法166条2項3号)。
たとえば、売上高の決算値が予想値より10%以上増減する場合、「重要事実」に該当します(取引規制府令51条1号)。
決算情報に関する細かな基準は、軽微基準ではなく重要基準と呼ばれますが、趣旨は同じです。
4.会社の運営、業務または財産に関し、投資者の投資判断に影響を及ぼすもの
「バスケット条項」と呼ばれ、具体的な類型を掲げることなく包括的に取引を規制するものです(金商法166条2項4号)。
何がバスケット条項に含まれるのか判断は困難ですが、過去の例では、多額の架空売上や営業資金の不足が発覚したこと、開発したばかりの新薬に重篤な副作用が発生したことなどが、バスケット条項に該当すると判断されています。
バスケット条項の該当性は、外部の専門家に尋ねるなど、特に慎重な判断が必要です。
5.その他
以上のほか、金商法166条2項5号から14号では、子会社に関する重要事実の種類と、上場投資法人(REIT)に関する重要事実の種類について規定されています。
退職後に元勤務先の株を購入する時に注意したい点
インサイダー取引は規制が複雑であり、刑事罰や課徴金の制裁もあります。
そのため、いわゆる「うっかりインサイダー」を含めてインサイダー取引に該当するのを防止するため、上場会社では役員や従業員、その家族の株式投資を一律に制限すべきとする考え方もあるかもしれません。
しかし、法律の要件に該当しない限り、インサイダー取引が成立することはありません。
たとえば、上場会社等に勤務していた方が、職務の過程で重要事実を知ってしまったとしても、退職後1年が経過すれば会社関係者ではなくなります。
よって、株式の取引を行うことは全く問題ありません(別途「情報受領者」などの要件に該当する場合は、当然規制対象です)。
日本取引所グループの調査によれば、上場会社の半数以上が自社株式の売買について許可制を採用するなどして対策を行っているとのことです(全国上場会社インサイダー取引管理アンケート調査報告書)。
そのため、勤務先あるいは元勤務先に相談して、インサイダー取引の要件について適切に判断をすれば、取引を一律に控える必要はありません。
大切なことは、「この取引はズルいかも」と思ったら、専門家を含む第三者に相談することです。
インサイダー取引の退職後に関するまとめ
上場会社等に勤務している方は、在職期間中はもちろん、退職後1年(会社関係者の場合)または6カ月(公開買付等関係者の場合)を経過するまで、インサイダー取引規制の対象です。
ただし、内部情報が重要事実に該当しない場合など、他の要件を満たさない場合はインサイダー取引とはなりません。
インサイダー取引の要件は複雑であり、さまざまな基準があります。
元の勤務先の株式を購入する時には慎重に判断し、場合によっては第三者に相談するようにしてください。
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